記事のイメージ画像

エッセイ

支配されることのない心の状態があるというのを私は今までわからなかった。 私の今までの人間観は悪の人間が人間を統制し、統制できないものを排除するものであった。 そ ...

記事のイメージ画像

エッセイ

あるがままを受容しよう。自然に生きよう。それらを私が思うとき、その行為自体が現在の拒否であり、理解のない動きである。 なぜなら、私は今あるがままではないから、自 ...

記事のイメージ画像

エッセイ

私が何かしらの対象に反応するとき、私は対象を解釈し、その解釈をもとにして反応しているのである。 その解釈はどこからやってくるのかというと、私の過去の経験や意味内 ...

記事のイメージ画像

エッセイ

大きな幸せを追う時、今ある小さな幸せを手放してしまう。 今ここにある小さな幸せを手放して、大きな幸せを追う時。 大きな幸せを掴むことも出来ないし、小さな幸せも消 ...

記事のイメージ画像

エッセイ

日常の行為全てになんの詮索もなく、入るときそこに自由があり、永遠がある。 瞑想というのは、入るという動きの究極の形である。 それは、迷いという躊躇や、不安という ...

記事のイメージ画像

エッセイ

様々な形式の伝統的継承がある。その中には統制を指示する何万もの流儀がある。 私は本当の自己を保留し、それらを一つ一つ試し、これではないあれではないといい時間を浪 ...

記事のイメージ画像

エッセイ

信念というものがある。それは自分が本当に心の底で思っていることである。 例えば、人を愛したい。だとか、自己主張したいとか、自由に生きたいとか、部屋を綺麗にしたい ...

記事のイメージ画像

エッセイ

世間一般的な考えでは、愛は大切なものであり、愛という観念に不当な意味を持たせ、愛という言葉に執着し、愛されないとか、愛しているとか言う。 もし、愛が善悪の二極の ...

記事のイメージ画像

エッセイ

現実的理知は本能を認め、それを実現するために理知的になることである。 人間の自発性は全て本能から湧き出てくるものである。 本能とは「本当の気持ち」である。本当の ...

記事のイメージ画像

エッセイ

私がいて貴方がいる。私が貴方を愛すると人が言うとき、それは偽物の愛である。 本当に愛しているとき、その愛は言葉では表現できないものである。 愛という強烈な感覚が ...