神経症の人が他人に優しくできない理由

2018年4月3日

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ほぼすべての人間は暴力を振るってくる人に対して優しくできないであろう。

人は人を愛する生き物であると私は感じているが、神経症的な人はほぼ全てに共通して、人間に敵意を感じている。

それは、神経症を発症した原因を見れば明らかなのである。

神経症を発症するにあたっての条件は恵まれない環境である

例えば閉鎖的な核家族内で利己的な親に道具のように扱われ生きてきたことだとか、特殊な道徳的価値観を押し付けられ、それを信じないと全く無視されるだとか、挙げれば切がない。

このような環境で育った子供は、その家族にもの凄い強烈な敵意を抱く。しかし、それを親に気づかれるともっとひどい仕打ちを受けるので、心の中に無理やり押し止める。

そして、自分のこの敵意を感じてはならないと自分に課し、自分の中の敵意を嫌悪し、捨てようとする。

しかし、ありのまま感じたその敵意を捨てることなどできるはずもないし、なかったことにすることなどまた不可能なことである。

自分の意識がこの敵意をなかったことにし、自分の意識から無意識下にこの敵意が追いやられるとき、この押し止められた敵意は親に直接的に反抗するのではなく、違った無意識的な形で噴出される。

それは自分のこの凄まじい敵意を他人を通して感じてしまうといった現象に現れる。

無意識下に抑圧した敵意が他人を通して現れる

これが起きてしまったとき、人間全てが怒り狂っているように思われるようになり、そんな人に優しくなどできるはずがないとなるのである。

しかし優しくしないと人はもっとその子のことを嫌い、避けるのでその子は無理やり作り笑い等をし、人に気に入られようとする。

しかしこれには限界がある。暴力的で怒り狂っている人間を好きになるなど無理だし、その人に優しく接するなど人間の生理現象的に無理なのである。しかし、その子は、人に優しくできない自分を責め、自己非難することだろう。

そのとき、その子の心と精神は自分を含める人間全てに絶望し、孤立し、憔悴する。

このような理由等々から、神経症的な人は他人に優しくできないのである。