好きなことをすることの不安と罪悪感

2019年3月4日

好きなことをすることの不安と罪悪感

自分の本当に心から好きなことがしたい。

しかし、やるからには不安を埋めてくれることを保証してくれるものでなくてはならない。そうしなくてはそれは時間の無駄であり、その時間の無駄を認識することは、とても耐えられないものである。

もっと安楽で確実な道へ

彼女は、何か好きなことをしようとすると、いつもこのような心の状態になります。

うまくいかないとすぐに不安の発作と苛々が襲いかかってきて、何もかもやる気を失い、ついには好きだったことを投げ出してしまいます。

そして、安心を獲得するために、もっと安楽で確実な道に進もうとするのでした。

精神の分裂

しかし、安心獲得を目指す彼女の精神基盤はとてもとても脆いことに彼女自身は気づいていないのです。

それ故、彼女は今後とてもとても大変な人生を歩むことになります。

心理的な安心を求めると何が起きるでしょうか。それは、精神の内的葛藤を引き起こすのではないでしょうか。すなわち、本当の自分と理想の自分の分裂が生まれてしまうのです。

安心を獲得できると思っている理想の自分を追求すれば、本当の自分は疎かにされ、遂にはそれは危険なものとして烙印を押されてしまいます。

この、精神の分裂は彼女をもっともっと脆くするのです。本当の自分が彼女の生命エネルギーの貯蔵庫であるはずですから。

地獄への堕落

この、本当の自分のエネルギーが使えない状態で、彼女は理想の自己を追求します。それは、自分で自分を奴隷のように扱い、鞭打つことだということに彼女は気づかなくてはなりません。

しかし、彼女は不安の解消と安心を求める欲求のために進んで本当の自分を犠牲にしてしまうのです。

つまり、彼女は地獄に落とされたのです。彼女に何が起きるかは容易に想像できることでしょう。

彼女は、嫉妬深くなり、虚栄にまみれ、他人を蹴落とし、独りよがりになり、そのくせ不安から権威に依存し、否定されることを極度に恐れ、心的ストレスから過度な娯楽に溺れ、外面は平静と高貴さを保ち続け、内面はもう隠しきれぬほどに抑圧してきた様々なものが煮えくり返っているのです。

そして彼女は、心身ともに徐々に破壊されてゆくのです。

まとめ

彼女は、不安を解決しようとしてきただけですが、たったそれだけでこのような、結果になることは恐ろしいの一言です。

人間は不安が大きければ大きいほど、安心しようと躍起になるものです。そして、自分の本当の気持ちさえ否定して、安心追求をしてしまうことが多々あります。

これは、暴力的な家庭に生まれた子供や、元来精神的に打たれ弱い性質を持つ子供達に多く見られる性質の1つです。

そして、この方面にその子供が成長してしまうと、その後どうなるかは既に見てきました。

この安心への誘惑が強くなればなるほど、それが人の人生を狂わせてしまう可能性を高めてしまうのです。そして、本当の自分を見捨ててしまうという人生での最大級の過ちを犯してしまうことにもなるのです。

結論

本当の自分を信じること。そのような環境を構築していくことは全ての人間に共通する人生の中でとっても大切なことの一つなのではないかと思うのです。

もし、既に不安に包まれてしまっているのなら、積極的にこれらの内容を理解することが為になるはずです。そして、「安心既に得たり」の心境で日々を新たに自己実現していくことが大切なのではないかと思われるのです。

日記

Posted by kazuki