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エッセイ

恐怖というものがある。そして恐怖からの防衛がある。 瞬間的な恐怖は身の安全を保証するが、それ以外の恐怖(人間関係や将来の不安など)は恐怖に出会わないように対策を ...

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エッセイ

組織というものには中心がある。その中心の信念を達成するために皆が協力をする。 例えば、落ち込んでる人を助けるために皆が協力をする時、そこに自然に組織が出来上がる ...

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エッセイ

観念的自己が完全に終わるとき、精神は完全な無に投げ出される。そのときに曇りのない観察が可能になる。 それからが生のはじまりである。その観察があるとき、全てのもの ...

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エッセイ

私は、愛しているからと言う理由の下で他人に巧妙に支配され、利用され続けた経緯がある。私の場合は親ではないけれども。 愛しているから叱るという行為は、自己を正当化 ...

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エッセイ

ほぼすべての人間は暴力を振るってくる人に対して優しくできないであろう。 人は人を愛する生き物であると私は感じているが、神経症的な人はほぼ全てに共通して、人間に敵 ...

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エッセイ

私が花を見るとき、陽のあたる広大な土地に咲く無数の花を見るとき、そこにはただそれだけが存在します。 それから、この花はあなたの頭の中の意味に変換されます。 この ...

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エッセイ

親は子にその文化特有の一般常識を教育し、教え込みますが、その親が一般常識にとらわれすぎている場合、子供には大変な苦痛が襲いかかります。 世界はこういうものだ。人 ...

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エッセイ

ありのままという言葉はよく聞くと思いますが、なかなかその真意を実感として理解し、会得している人は少ないのではないのかと思います。 ありのままを生きるとは何かにつ ...

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エッセイ

人間関係で大事なことは「愛と協力」でしょうか。それとも「強制と反抗」でしょうか。 愛と協力は発展を促します。そして強制と反抗は抵抗を促します。 私がここで明確化 ...

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エッセイ

自己を観察してみると3つの私がいる。 1つは本音の自己。2つめは道徳的な自己。3つめはその2者を観察している自己。 自己理解は3つめの自己であるときに初めて可能 ...