2018年4月14日日記

現実的理知は本能を認め、それを実現するために理知的になることである。 人間の自発性は全て本能から湧き出てくるものである。 本能とは「本当の気持ち」である。本当の ...

2018年4月13日日記

私がいて貴方がいる。私が貴方を愛すると人が言うとき、それは偽物の愛である。 本当に愛しているとき、その愛は言葉では表現できないものである。 愛という強烈な感覚が ...

2018年4月12日日記

自分と話すということ。 「私は何を感じ、何を思っているのだろう」という疑問がふと現れて、自分に問いかける。そして、自分が答えて、対話する。こんな単純なことがなか ...

2018年4月10日日記

時間的、心理的な恐怖からの防衛が生の破壊へと結びつくことを認識するとき、防衛は止むであろう。 その時、無時間が訪れる。今まで我武者羅に自己防衛の手段を講じていた ...

2018年4月9日日記

セラピストは支配されるものでも支配するものでもない。そして、クライエントの思想の味方になるのでも敵になるものでもない。それはクライエントの全肯定を基底とする混沌 ...

2018年4月8日日記

誰かに何かを言われて、しかたなくやる時その中に愛はない。 その中に愛が入り込む余地はない。何故ならば、愛は自由と自発性の中に花開くものであり、決して、固定された ...

2018年4月7日日記

真の自己を生きるとき、そこには光のようなバリエーションで無数の反応がイルミネーションのように発生する。 それらは全てが輝き、煌めき発現する。そのどれ一つも価値を ...

2018年4月6日日記

恐怖というものがある。そして恐怖からの防衛がある。 瞬間的な恐怖は身の安全を保証するが、それ以外の恐怖(人間関係や将来の不安など)は恐怖に出会わないように対策を ...

2018年4月5日日記

組織というものには中心がある。その中心の信念を達成するために皆が協力をする。 例えば、落ち込んでる人を助けるために皆が協力をする時、そこに自然に組織が出来上がる ...

2018年4月4日日記

観念的自己が完全に終わるとき、精神は完全な無に投げ出される。そのときに曇りのない観察が可能になる。 それからが生のはじまりである。その観察があるとき、全てのもの ...