「すべき」ではなく「したい」という気持ちを大切にしたい

今したいことは何?それをチャレンジしてみよう!

私は、今まで「すべき」というものにとらわれて、自分の中の「したい」という純粋な気持ちに目を向けられなくなっていた。それをこれからは変えていかなければならないと思う。

今回は「すべき」という生き方と「したい」という生き方の違いを検討してようとおもった。そして、検討していく中で、きっと「すべき」で生きていくことの恐ろしさを目の当たりにすることができるのではないか。そして「したい」という気持ちをもっともっと膨らまして行き、現実に行動できるようになる勇気を得ることができたらいいなって思う。

「すべき」の印象と「したい」の印象

すごく簡単に両者の違いを明記すると、「すべきは」非創造的で「したい」は創造的。「すべき」は創造性の否定をその言葉の意味に含み持っている。例えば、以下の使用例がある。

  • ルールをまもるべき
  • 親切にするべき
  • 努力するべき
  • 達成するべき

これらは、用い方や捉え方を間違うと、創造性の否定を招きかねない言葉。こんなふうに言い換えるとどうだろうか。

  • ルールをまもらなくてはいけない
  • 親切にしなくてはいけない
  • 努力しなくてはいけない
  • 達成しなくてはいけない

より、強制的なニュアンスが含まれる。このように「すべき」という言葉を脅しとして他者や立場の弱いものに対して用いるとき、それは自由の感覚や創造性の否定を意味するものに変わってしまうことがある。もう一つ言い換えてみると。

  • みんなが心地よくなれるルールにしてみたいな
  • 親切っていいな、してみたいな
  • 努力っていいな、してみたいな
  • 達成っていいな、してみたいな

こちらには、強制的なニュアンスがなく、自由な感覚と創造性が感じられる。このように、言い換えて比較してみると、「すべき」ということばと「したい」という言葉の違いがより明らかになる。

前者の2つの例「すべき」「しなくてはいけない」はとても堅苦しく、硬直していて融通がきかず、重苦しく、不自由で強制的なニュアンスがある。それに対比して、後者の例「いいな」「してみたいな」は内容は同じなのに、柔らかく、柔軟で、安らかで、自由で自発的なニュアンスがある。

「すべき」が引き起こす精神状態

「すべき」という言葉を用いるとき、その人の精神状態に一体どんなことが起きるのか。次は、このことを検討してみる。

人が「すべき」という言葉を用いるとき、その中には恐怖が含まれていると感じる。「すべき」が遂行できないと、人は罪悪感や恐怖を抱くのであればそれはそうである。

例えば、「ルールをまもるべき」という信念を持っている人はルールをまもれなかったとき自分を責めるのだと思う。自分と同じくルールをまもれていない人がいたのならその人のことも意識的、または無意識的に責めるだろう。そこには、積極的な関わりというよりも、責める関わりがある。

「したい」が引き起こす精神状態

逆に「したい」という言葉を用いるとき、その人の精神状態に一体どんなことが起きるのか。「したい」という心持ちの人は、もしルールをまもれなかった場合は自分を責めたり否定したりというニュアンスではなく、相手への同情の気持ちが生まれてくるのだと思う。もし、ルールをまもれなかったら、それによって損害を受ける人への同情の気持ちが沸き起こり、積極的にその損害の修復をしたくなるのではないかと思う。

「したい」という心持ちを持っている自由な感覚や創造性に溢れる人は、人を責めるというのではなく、積極的に人と関わろうとし、より良い関係を自然と創り上げていこうとするのではないのではないかと思う。もし、相手がルールをまもれなかったのなら、何かあったの?どうしたの?大丈夫?と心配をするのではないか。ここでは、ルールの例だけを用いたけど、他にも様々な例を検討していくと、もっともっと違いがはっきりしてくるかと思う。

「すべき」ではなく「したい」という気持ちを大切にする

そこでこの言葉「すべきではなく、したいという気持ちを大切にする」が意味を持ってくる。私は、ずっと人を怖がり「すべき」という考え方で生きてきた。しかし、それでは自己非難と他者非難ばかりが自分の気持の中に押し寄せてきて、とても惨めな気持ちになってしまう。そして、そんな気持ちになるほど、それから逃れようとして「すべき」をもっともっと達成しようとしていた。それはこんな感じのループ [恐怖→すべき→失敗したらどうしよう→恐怖→すべき→失敗したらどうしよう] そのような生活の中で、私は自分のしたいことを考えることができなくなっていた。そして最近、そんな自分の状況に気づき、自分のしたいことをするということはどんなものなのかを考えるようになってきた。

「したい」という気持ちはいいこといっぱい

「したい」という気持ちは、本当にいいことが沢山だと思う。例えば、

  • 心がワクワクする
  • 積極的になる
  • 主体的な行動が生まれる
  • 失敗も成功も体験でき、自信に繋がる
  • 自己否定も他者否定もなくなる
  • 思いやりが生まれてくる
  • 心に余裕が生まれてくる
  • 自由な感覚になる
  • 創造的になる

こんなことを考えるに従って「すべき」から「したい」の方へと徐々に考え方を変えていこうと思うようになる。「すべきではなく、したいという気持ちを大切にする」これが、最近私の心に湧いて出てくる言葉。結果よりも自分のしたいと思ったことを行動に移す事によって得られる生の経験のほうが人間の成長にとってとっても大切なことなのだと信じ、私は主体的に様々な行動を自らチャレンジしていきたいと思う。

「私は安心よりも成長を求める!」「すべきよりもしたいで生きる!」

日記

Posted by kazuki