絶望とは何か

2020年5月7日

前回の記事『死にたいという言葉に含まれる本当の意味』で絶望について話しました。そして、絶望は希望を失ったときの状態や、希望が希望として機能しなくなった状態のことであることを話しました。

希望とはなぜ存在するのでしょうか。私にとって、希望とは絶望からの逃避の手段であることがわかります。絶望にどうしても出会いたくないから、希望を描き、希望へと邁進するのです。

絶望とは、恐怖を回避することが困難な状態のこと

絶望をもっとわかりやすく言い換えると、それは恐怖です。前回の記事で「死にたい」という言葉は「絶望は嫌だ」という意味であるということを話しました。

それをもっとわかりやすく言い換えると「恐怖に出会うことが嫌だ」になります。私が絶望と呼ぶ状態は恐怖を回避することが困難になってしまう状態のことなのです。

希望とは、絶望に陥らないための手段のこと

私が必死で出会うことを避けている恐怖に出会ってしまうことが「絶望」なのです。そして「希望」とはそれから永久に離れ去ることができると考える理想の状態でした。私にとって「希望」とは、永久に恐怖に出会わなくて済むための方法だったのです。

希望への心理的な依存

その代表的なものに、悟りを開けば苦しみから解放されるという考え方があります。私は、それに依存しました。他には、お金持ちになって人に尊敬される人になれば、いじめられないという考えがあり、またそれにも依存しました。私が、興味を持っていた分野で成功者になれば、侮蔑されなくて済むという考えがあり、それにも依存しました。

そして、それらの考え、それらを達成すること。それが達成されることが私にとっての「希望」だったのです。そしてそれらが達成されないことが「絶望」であり、あの私が徹底的に避けている恐怖に出会ってしまうかもしれない状態に陥ってしまうことになるのです。

それが、私にとってとてつもない恐怖であり、その恐怖に包まれた状態になるのであれば、いっそのこと死んでしまいたいと思うくらいの「絶望」の状態なのです。

絶望とは何か

恐怖に包まれた状態、恐怖に出会うこと、恐怖に打ちのめされること、恐怖の淵に墜ちること。それが回避できなくなってしまう状態のことを私は「絶望」と呼んでいたのです。