自我と真我の見分け方

自我と真我を見分ける方法は「動機無しの行為」か「動機有りの行為」かを見分ければ良い。
真我は動機無しに行為するものである
動機無しというものは理由付けなしということである。よくあるのが「唯する」というものである。
- 唯散歩する。
- 唯目を瞑る。
- 唯スキップする。
- 唯空を見上げる。
- 唯呼吸をする。等々
動機なしである。それは、何故それをするのですか?と言われても答えられないからである。
自我は動機が有って行為するものである
動機有りというものは理由をつけることができるものである。よくあるのが「すべきだからする」や「〇〇だから〇〇する」というものである。
- 嫌いだから勉強しない。
- 怒られるから走らない。
- 挨拶するべきだから挨拶をする。
- 楽しくないからゲームをしない。等々
理由付けをしたとき、そこに自我がある。例えば、唯勉強しない、唯ゲームをしないのであれば、それは自我ではないのである。即ち、弁解的な行為は全て自我の働きである。自我が無いということはどういうことか。それは、心の葛藤がなくなっている状態のことである。そのときになんの障碍もなく、真我が自然と現れるのである。
追記:2019年12月5日
もっとわかりやすく一言で表すと、ありのままが真我であり、ありのままから逃避しようとして様々な行動を起こすのが自我ということができると思います。
※ありのままについて
ありのままについては、『ありのままを生きること』でも考察してみています。