維持の終わりが生の始まりである

2018年4月5日

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観念的自己が完全に終わるとき、精神は完全な無に投げ出される。そのときに曇りのない観察が可能になる。

それからが生のはじまりである。その観察があるとき、全てのものは無常であり常に変わりゆくものであることを実感として理解する。

そして彼の精神的基盤は観念的自己から現在の自己へと移行する。

そして彼の自発性が今この瞬間に咲き誇る。彼の自発性はこの無限の土地と愛の土地へと降り立つ。