安定の価値と体験の価値

2018年3月15日

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安定の価値を追い求める人と、体験の価値を刻一刻と感じる人がいる。

いいかえれば、今に満足せずに、常に未来に手に入れるであろうなにかを追い求めている人と、今この瞬間の体験に完全な価値を見出し、それを全身全霊で感じる人である。

今この瞬間の体験に価値を見い出せずに、未来に価値を求める人は、今が常に苦しいのではないかと思う。

価値というものは、その人にとって一番大切なもののことである。それを持っていないとなると苦しいだろうし、それとは反対にいつでもそれを持っていたら、幸せであろう。

人生の価値とは日頃、皆、全て満たしているのだと私は思う。今と出会うことが人生に於いて、最大の価値であると思うのである。

それはなぜかというと、結局人生というものは今この瞬間にしか存在していないからである。それと同時に、今というこの動きが、この全宇宙を動かしているからである。

私が生きていることでさえ、本当に信じられないくらいすごいことである。今という動きがこれ程まで、私を生かしてきたことに只々驚嘆するばかりである。

勿論、様々な人の助けや、知識を活用してきたお陰であることには代わりはないが、これらの動きも全てが今という瞬間の連続であり、常々未知のあの驚くべき力によるものである。

そのようなことを忘れ、この確固たる基盤の価値を忘れて、お金や権力や地位やプライドなどにその根本的な価値が移ってしまうとき、私達はこの大いなる基盤から疎外され、自己弱小感に苛まれるのである。

そしてこの自己弱小感が更に多くの価値を未来に求め出すのである。そんな悪循環が発生するのは、やはり今というこの体験の価値を忘れてしまったからなのだと思うのである。