人の目を気にして疲れてしまう状態を解消し、伸び伸び生きる方法

 基本、誰も私の事を気にしていない。みんな自分のことで精一杯だから。

私は、人の目をすごく気にするタイプであった。それは「私は、全ての人々に監視され、皆私を非難したがっている」という感情を抱いていた事による。何故こんな感情を抱いていたのだろう。それは、私が親や周りの大人に従順な子供であったからである。学校も、親も、バイト先の店長も、皆監視し、非難してきた。それは、私が子供だったからであり、本当の教育を知らない乱暴な大人たちの餌食となっていたことによる。

人は、どのように他人を気にし、どのような気持ちや意図を持って接してくるのだろうか。このことを深く考えたとき、子供の頃の私が抱いていたあの恐怖の気持ちは単なる、未成熟な大人達が生み出した代償を背負わされ、それによって生まれていた恐怖であったことに気づくことができるのである。

ただ、未成熟な大人とは何かを理解しなくてはこのことに納得できないし、恐怖がどのように育まれそれが個人の性格にどのように障害をもたらすのかを理解しなくてはこれらのことは腑に落ちないことだと思う。

ここでは、恐怖や不安を軽減するために、世界に対する自分自身の認識の仕方というものをより事実に即したものへと変換し、それによって、健康な精神状態の人が感じえないストレスを抱えて生きている方々のストレスを解消させ、のびのびと生きて行けるように成るための簡易的な文章をかいているので、説明を割愛しているとことが多々あるということを記しておく。

さて、実際に他人はあなたのことをどう気にし見ているのだろうか。一つ一つ見ていくことにします。

人は人のことをどう見ているのだろうか。

好きな人を気にする。

好きな人のことは、たくさん気にしますし、たくさん見てしまいます。

自分の欲求を満たしてくれる人を気にする。

自分の欲求(不安から生まれる見栄や欲求など)を満たすために人を利用する。これが、先程の未成熟な大人が用いてしまう他人を気にする仕方です。

それ以外は気にしない。

恐らく上記の二つ以外で人のことを気にする人はいないと思います。全ての現象や人々の動機を根本まで探ってゆくと自ずと上記の二つに結びつきます。このことは、自分のことを観察してみても調べることができますし、他人を観察してみてもこの事が実証できるはずです。

自分はどのように他人を見ているかを観察してみると一番わかり易い。

自分は他人を見るときどんな目で見ているだろうか。好きな人のことはずっと頭から離れないと思うし、よく見る。心理的な自己防衛のために関心のない他人を警戒心を持ってみることはある。逆に関心のない人のことを見ることは全然ない。等々

最後に

このような仕方で考えを深めてゆくと、様々な真実が見えてきて、自分自身が抱いていた恐怖や、不安や、人の目を気にしてしまって、うまく生きていけないストレス等に対処していけるようになります。

なかなか自分のことを見つめて、自分自身の中にある思い込みやトラウマを修正していくことは難しく敬遠しがちです。しかし、このようにして、自己を開放していくことが、より生を豊かにしていくことは間違いないかと思います。

Posted by kazuki