エッセイ

信念というものがある。それは自分が本当に心の底で思っていることである。 例えば、人を愛したい。だとか、自己主張したいとか、自由に生きたいとか、部屋を綺麗にしたい ...

エッセイ

世間一般的な考えでは、愛は大切なものであり、愛という観念に不当な意味を持たせ、愛という言葉に執着し、愛されないとか、愛しているとか言う。 もし、愛が善悪の二極の ...

エッセイ

現実的理知は本能を認め、それを実現するために理知的になることである。 人間の自発性は全て本能から湧き出てくるものである。 本能とは「本当の気持ち」である。本当の ...

エッセイ

私がいて貴方がいる。私が貴方を愛すると人が言うとき、それは偽物の愛である。 本当に愛しているとき、その愛は言葉では表現できないものである。 愛という強烈な感覚が ...

エッセイ

自分と話すということ。 「私は何を感じ、何を思っているのだろう」という疑問がふと現れて、自分に問いかける。 そして、自分が答えて、対話する。こんな単純なことがな ...

エッセイ

時間的、心理的な恐怖からの防衛が生の破壊へと結びつくことを認識するとき、防衛は止むであろう。 その時、無時間が訪れる。今まで我武者羅に自己防衛の手段を講じていた ...

エッセイ

セラピストは支配されるものでも支配するものでもない。そして、クライエントの思想の味方になるのでも敵になるものでもない。それはクライエントの全肯定を基底とする混沌 ...

エッセイ

誰かに何かを言われて、しかたなくやる時その中に愛はない。 その中に愛が入り込む余地はない。何故ならば、愛は自由と自発性の中に花開くものであり、決して、固定された ...

エッセイ

真の自己を生きるとき、そこには光のようなバリエーションで無数の反応がイルミネーションのように発生する。 それらは全てが輝き、煌めき発現する。そのどれ一つも価値を ...

エッセイ

恐怖というものがある。そして恐怖からの防衛がある。 瞬間的な恐怖は身の安全を保証するが、それ以外の恐怖(人間関係や将来の不安など)は恐怖に出会わないように対策を ...