全てを肯定し包み込む母なる慈悲と自己忘却

2019年3月20日

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自己忘却という言葉がある。それは自分というものを意識しなくなったときの状態である。

この状態はどんなときに現れるのであろうか。代表的なものが、全てを受け入れてもらえているという安心感である。

この安心感があるとき、人は自分を忘れるものである。

反対に自意識過剰という言葉がある。これは自分というものを意識しすぎる状態である。

この状態はどんな時に現れるのかというと、その代表的なものが、自分を否定されそうな環境にいるときに起こる不安感があるときである。

心理的な防衛反応の産物

自己忘却があるとき、人は自分というものを意識しないので、心理的な防衛反応は出なくなる。

心理的な防衛反応とは何かと言うと、自分のプライドを守るために嘘をついたり、怒ったり、人を避けるようになったり、自慢話などをしたり、いじめを行ったり等々である。

すなわち、自分が不安を認識するや否や自分の不安を守り、安心を得るために心理的な防衛を行うということである。

全肯定という慈悲の産物

全てをありのままに、全ての現実をそのままになんの偏見もなんの伝統的な見地も用いずに肯定し、受容し尽くすとき、そこに初めて愛が生まれ、様々な人間の混乱が静まるのではないだろうか。

私達は全人類、全生命に対して、全てを肯定し包み込む母なる慈悲を持つことを他のどんなことよりも優先しなくてはならないのではないだろうか。

それは、自己を全肯定することである。自己を全肯定するときに自己忘却がある。この自己忘却こそが愛の発現に必須の条件ではないだろうか。

愛されなかったと嘆くのはまだ早い

子供の頃、親や友達や世間から愛されず、理不尽に扱われるような環境に育つと、とっても不安になってしまうであろう。そして、不安から様々な心の障害を生み出すであろう。

しかし、嘆くのはまだ早いのである。愛されなくても回復する方法はあるのであるから。

愛される事によって人は、自己忘却が可能になることは先に述べたとおりである。つまり、自己忘却さえできれば、人は愛を手に入れることができるということである。何故なら愛とは自己忘却の中に生まれるものだからである。

永遠の安心は自己忘却からやってくる

全ては自己忘却からやってくるのである。

人は、今この瞬間にあの愛の途方もない感覚を手に入れることが可能なのである。それは、今すぐに自己忘却しなさいということである。

それが要点である。愛されたいというのは、愛されなくては安心できないという思い込みである。

本当の安心は自己忘却から生まれてくるのである。だから、今、自己を忘れてみなさい。それが途方もない愛の感覚をもたらしてくれるから。日々それを実践しなさい。その時、愛とは何であるかを知ることが出来るから。

母は自己忘却を教えるために子を自己忘却を用いて愛するのである。そして子はこの自己忘却を学び、自立してゆくのである。

精神の安定は自己忘却の中にある。生命は生まれながらにして既に愛されているのである。だから愛なんて求めなくてよいのである。

自己を忘れ去りなさい。その時、そこには愛しかないことに気づくことでしょう。私達は常に愛されています。そのことに気づくことはとてもとても幸せなことです。

日記

Posted by kazuki