怒り、悲しみ、苦痛を真剣に見つめること

2019年4月7日

怒り、悲しみ、苦痛を真剣に見つめること

様々な人間が存在する。その中で、私はとても大きな苦痛を感じる。それは、心理的、肉体的暴力である。暴力とは何であろうか。それは、理解を放棄した精神の行為ではないだろうか。

心理的暴力、及び、肉体的暴力はなぜ起きるのであろうか。それは、どのようにして起きるのだろうか。それに答えを見出すことはとても難しいことであるが、私はそれに着手したい。

私が、怒りを感じるとき、それは理解に向けるエネルギーを誘起させる。多くの人はこの怒りのエネルギーを他者へと向けるのではないだろうか。

他人から心理的暴力、及び、肉体的暴力を受けたとき、人は怒りという多くのエネルギーを生み出すであろう。それは、誰もが感じることである。しかし、人がそれを暴力という方面に用いるとき、そこにはより多くの破壊が引き起こされるだけである。

心理的暴力、及び、肉体的暴力を被るとき、人はなぜ怒りを感じるのであろうか。このことを人は熟考し、理解するべきではないだろうか。それは、観察されるべきなのである。

その時、新たなことに気づくのである、それが人間を成長させることになる。怒りとは、何か?それは、決して盲目的なものであってはならないのである。それは、真剣に探求され、理解されなくてはならない問題なのである。

なぜならば、この怒りの無理解がとても多くの悲惨と破壊をもたらしていることを観察できるからである。人は、このことに気づかなくてはならない。

そして、真の理解をその中にもたらさなくてはならない。その、エネルギーはどこからどのようにして引き起こされたのか、そのエネルギーはどのように用いられるべきなのか。そのエネルギーはどのような性質を持つのか。そのエネルギーの形や感覚、微妙な味わい、芳香。それをまず、理解することがとてもとても大切なことなのではないでしょうか。

なぜなら、それが真の人間の成長に関わる根幹を成すものであるからである。

日記

Posted by kazuki